My injury 5/28(Thu)

 私は人生で2回前十字靭帯断裂による

再腱手術をしています。その時のことを少し

思い出しながら今日は書こうと思います。

 

 初めて前十字を切ったのは19歳の5月でした。

私がその時プレーしていたのは右サイドのウィング

マッチアップの選手へボールが渡り、私はプレッシャーをかけに行く、相手はパスを返すフリをして

縦にドリブルを仕掛ける。

負けじとついていこうと左足を踏ん張る。

その瞬間に左足の膝から上のみが上半身とともに

動き、残った膝から下はスパイクが人工芝に引っかかったままだった。私はすぐに地面に倒れ込み泣き喚いた。すぐにトレーナー室に連れて行かれ膝の確認。その間何度も得体の知れない痛みと戦い、どうしようもない恐怖でいっぱいだった。

 病院に行き、MRIを撮り前十字靭帯断裂と診断された。絶望的だった。

この日に限って練習の前にスパイクを変えようかななんて軽い気持ちでいつもと違うスパイクを履いた自分を後悔した。

 この時期はU-20の代表候補のトレーニングがあって嬉しいことに2回ほど連続で呼ばれていて、このまま日本代表のユニホームを着てU-20のワールドカップに出られるかもしれない。そしたらまた自分にとって大きな自信につながる。

 練習中も調子がよくて、監督からも試合で使ってもらえるギリギリのところまで来ていた時だった。

自分はなんでもできるんじゃないかってそうゆう気持ちの時だったから落ち込みは凄かったし、これから始まるリハビリ生活が恐怖でしかなかった。

正直、前十字靭帯断裂という怪我は自分には関係ないことだと思っていたし、名前を知っているくらいでそこから復帰する為にどれほど時間と労力を要するかまでは知らなかった。

 

 手術の日はなんだか晴れ晴れしかった。

もうしょうがないからまた頑張るしかないそう思う自分がいた。親もわざわざ関西まで来てくれて

いつもそばにいてくれた。

今でも真帆や晴香にはなんども救われてきたことを

ずっと覚えてるし、私は2人がいたからリハビリも

頑張れたと思う。

それから半年間、ちゃくちゃくとリハビリの強度を上げていく。

膝の曲げ伸ばし、力入れ。これは数え切れないくらいやった。

両足スクワットから片足スクワット

有酸素運動はバイクからジョギング。

ジョギングからダッシュまで。

ボールを蹴れるようになるではとにかく身体を鍛えたり、体力を戻すことに励んだ。

もともと持久力がある方じゃなかった私はとにかくキツかったのが有酸素運動

落ちた体力を回復する。むしろそれ以上にする。

しんどさから部屋で一人で泣く日もあった。

 

 私が励まされたのにはチームの先輩たちの存在も大きかった。同じ怪我を経験した先輩たちが居て、

直接声をかけてくれる人、間接的に応援してくれてる人、いつも声をかけてくれる人。ほんとうに救われました。

 たまたま同じ時期に怪我をしていた先輩がいて

必死にリハビリする姿を横目で見ていました。

いつもその人を追いかけて、自分と比べていた。

日本代表になる人となれない私では差があるのに

それでも追いかけ続けた自分がいました。

 

 私が怪我をしても運が良かったのは

練習中による怪我で、仕事中の怪我になる為

入院や手術に関して、さほどお金もかからなかったし、リハビリも仕事の一貫として時間やお金に困らなかったこと。

仕事をしている選手は仕事をしなければお金が入ってこなかったり、リハビリしなくてはいけなかったり、お金も仕事をしなければ稼ぐことができない。

他のチームで同じ怪我をしている選手の話を聞くと、みんなとても大変だとゆう話をよく聞く。

プロ環境の少ない女子選手の環境はまだまだ伸び代しかない。

 

 と今日は1度目の怪我を熱く語ったところまで

明日は2度目の怪我について書きます!

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Thank you for reading my blog.

See you next time 🐷Rina